2008年08月23日

国道20号旧道 黒野田橋(旧橋)

国道20号がJR笹子駅の北側を過ぎると、間もなく黒野田橋で笹子川の左岸に渡ります。



この黒野田橋のすぐ西隣には国道20号の旧道があり、旧橋も残されています。
旧道に架かる橋の名前も黒野田橋と同じ名前になっています。


黒野田橋(旧橋)を南詰から
080802173047s.jpg
直線ではなく微妙に屈曲した形状は、古橋では珍しい


黒野田橋(旧橋)を北詰から
080802173517s.jpg


旧橋には親柱が4本とも残されています。

南詰、左側の親柱
080802173106s.jpg
「くろのたはし」

南詰、右側の親柱
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「昭和十五年八月竣功」と読めるような…

北詰、左側の親柱
080802173320s.jpg
銘板の下半分が失われており、文字もほとんど読めません

北詰、右側の親柱
080802173421s.jpg
「昭和十年八月竣功」と明確に読むことができます


さて、この「くろのたはし」の竣功は何年が正しいのでしょうか?
南詰側の親柱には不明確ですが「昭和十五年」と書いてあるように読めますし、北詰側の親柱には明確に「昭和十年」と書かれています。
土木学会付属土木図書館のWeb公開資料を漁れば何かわかるかもしれません。


黒野田橋(旧橋)が架設された昭和十年代は、この笹子峠越えルートは当時の國道八号から外されていました。
大正時代に制定された旧道路法による國道の路線認定(大正九年四月一日内務省告示第二十八号)では、当初は笹子峠越えが國道八号に指定されていました。
しかし、笹子峠は自動車通行が不能であったことから御坂峠の新道が計画され、御坂隧道が開通した昭和6年に國道八号は御坂隧道経由のルートに指定変更されたのです。
これに対して笹子峠でも新道建設が計画され、ようやく昭和13年に笹子峠に笹子隧道が開通しましたが、國道八号は依然として御坂経由のまま変更されませんでした。
笹子峠越えの国道再指定は、昭和27年の現道路法の規定に基づく一級国道20号の指定まで、長い年月を待つことになったのです。

黒野田橋を渡ると、間もなく国道20号は笹子峠越えになります。
笹子隧道と現道の新笹子隧道については、また別の機会に紹介したいと思います。
posted by いしぐろ at 21:07| Comment(0) | TrackBack(0) | | 更新情報をチェックする

2008年08月17日

地図を貼り付けてみた

今まで投稿した記事に、場所を示す記事を貼り付けてみました。

使用したのは、Yahoo! JAPAN が運営している旧アルプス社 ALPSLABALPSLAB base です。
(株式会社アルプス社は2008年4月にヤフー株式会社へ吸収合併されました)

スクロールや縮尺変更可能な地図ですので、周囲の確認も可能です。
posted by いしぐろ at 18:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2008年08月10日

国道最高地点 (R292渋峠)

だいぶ前の写真ですが…

現在の日本の国道最高地点はR292の渋峠になります。
渋峠は群馬県六合村と長野県山ノ内町との境界になりますが、国道の最高地点は渋峠から少し六合村側に行ったところにあります。

この写真は2000年7月23日に撮影した、国道最高地点に一番近い国道標識です。

000723105314m.jpg


現在はこの国道標識の近くに「国道最高地点」の石碑が建てられていますが、この写真を撮った当時は石碑はまだ建っていませんでした。

posted by いしぐろ at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 道端で見つけた | 更新情報をチェックする

2008年08月08日

在りし日の白看@大田区南蒲田

ここで紹介する白看は既に消滅していて現存しません。

2000年6月18日、国道MLで当時白看リストを担当していた山本@栃木さんと京急蒲田駅で待ち合わせしていました。
自分が到着する前に付近を探索していた山本さんが発見したのがこの白看です。
今では自他共に認める(?)白看マニアとなってしまった自分ですが、この写真を撮影した事が白看に嵌るきっかけとなったのでした。





R15と環八とが交差する南蒲田交差点。
そこから1本北側の細い道とR15が交差する地点にこの白看は立っていました。

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案内先は品川と横浜。
「品」の略字がいいなぁ。

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ところで、なぜ環八ではなくこんな細い道に白看が立っていたのでしょうか?
それは現在の環八ができる前、この細い道が幹線道路だった時代に設置されたからなのです。
環八の大鳥居〜南蒲田区間は、当時の既存「都道 羽田蒲田線」を改築することで建設されました。
ただし、南蒲田交差点付近は田園調布方面に向かうルート(これは既存の道路を活用せず新設)と接続するために、既存の都道から南側に逸れるようなルートが新設されました。
つまり、この白看が立っていた道路は、環八建設前の「都道 羽田蒲田線」の名残なのです。


残念ながら、この白看は撮影後1〜2年で消滅してしまいました。
白看が立っていた場所の現況はGoogleマップストリートビューで確認することができます。


大きな地図で見る

左側にある古い建物は変わらず建っていますが、右側とR15沿いはかなり風景が変わってしまいました。
今ここでは南蒲田立体化工事が行われているところです。
posted by いしぐろ at 22:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 白看(南関東) | 更新情報をチェックする

旧R49鳥井峠(福島新潟県境)の白看現況

(2008/08/17 津川町の旧型地点案内標識の写真リンクを追加)

今年2月にイカロス出版から発刊された「酷道をゆく」でも写真が紹介されていた、旧R49鳥井峠(福島新潟県境)の白看。
最近見に行っていなかったので6月22日に現地まで確かめに行ってきました。
ここを訪れるのは2〜3年ぶりかも。



R49現道を福島県から新潟県に越えた先で鋭角に曲がって旧道に。
ここは昔からの家が建ち並ぶ集落になっています。
そこを通り抜けるとすぐに舗装が無くなりダートの峠道になります。

さて、そろそろ白看が見えるはず…と思ったら、なんと重機が入って木々が切り払われているではないですか!
まさか白看も消滅?と一瞬心配したのですが、重機の後に無事な姿を見せてくれました♪

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周りの木々が無くなったので、今まで木陰で暗く見えていた白看も明るく見えるようになりました (^^;
でも、ここに来るのはいつも早朝から午前中にかけてなので、逆光で文字が読みにくいのは変わりありません。

080622115414s.jpg


切り払われた木々は白看と反対側の路肩に積み上げられていましたが、たしかここは「津川町」の旧型地点案内標識転がっていた場所だよなぁ…

080622115656s.jpg


現況を確認してから2ヶ月近く経ちましたが、木々を切り払った場所はどうなったのかなぁ…
posted by いしぐろ at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 白看(南東北) | 更新情報をチェックする

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